2017年9月8日金曜日

サムソン
 士師記にサムソンという士師(さばきつかさ)が出てきます。サムソンは、ナジル人でした。母の胎にいる時から死ぬ日まで、強い酒は飲まず、頭に剃刀(かみそり)を当てず、聖別されており、イスラエルをペリシテ人から救い出すために立てられました。
 サムソンは、屈強な勇士です。しかし女にはめっぽう弱い男でした。力ではサムソンにかなわないと知ったペリシテ人は彼の愛人デリラに金を与える約束をして、サムソンの力の弱点を知ろうとしました。サムソンは、適当な事を言ってかわします。しかし、あまりにもデリラが、あなたは私を愛しているというのに、秘密を明かしてくれない、と攻め立てるので、サムソンは、「死ぬほどつらかった」といいます。
 そして、ついにサムソンは自分がナジル人であることをデリラに明かします。本心を語ったと分かったデリラは膝枕でサムソンを寝かせ、髪の毛7ふさをそり落とさせました。主の力は彼から去っており、彼はペリシテ人の手に落ちました。
 男は女の涙に弱いといいます。また、涙と言わず男性は女性次第でいかようにも変わります。全てとはいいませんが、男性の弱点は女性にあります。そして、女性の弱点はサタンです。
 創世記の初め、人類の祖であるアダムとエバからしてそうでした。禁断の木の実をまず取ったのは、サタンに惑わされたエバです。エバの手によってアダムはこれを食べ、妻に聞き従ってしまいました。
 確かなところ、妻は夫に対して強力な影響力を持つのです。夫を生かすも殺すも妻次第です。それ故、妻は夫の良き助け手にもなりますが、逆にサタンに用いられて夫を倒すことすらあります。サタンのたくらみに乗せられることのないよう、神を恐れていきましょう。 (イスラエル北野)


み声新聞2017年9月10日号(第953号)より転載—

2017年9月1日金曜日

一つだけです
 先日、娘が結婚しました。多くの方に祝福していただき、感謝の思いでいっぱいです。
 時代は30年ひと区切りと言います。私の時代の結婚は、バブルを迎えるころであったので、豪華なものが多かったです。家と家との結婚とも言われ、何かと気苦労が絶えませんでした。それに引き換え、娘が言ってきた結婚式は、いわゆる「地味婚」でした。神の前に夫婦の宣言を頂き、歩むことができればそれでいい、と言うのです。
 しかし、愚かな母はこれを聞きながらも心そこにあらずで、自分が結婚式で受けた祝福の全てを備えてやりたいと、あれこれ考え始めました。思えばこれが間違いのもとであったのです。
 地味婚といってもこちら次第で、いくらでも忙しくなります。相手先のご両親とはいつお会いするの?から始まって、写真は?衣装は?指輪は?と矢継ぎ早に質問を浴びせる母に、娘はへきえきとしていたようです。
 そして、ついに神さまのご介入がありました。主は、ルカの福音書104142節から私に語ってこられました。「マルタ、マルタ。あなたは、いろいろなことを心配して、気を使っています。しかし、どうしても必要なことはわずかです。いや、一つだけです」
 この、「一つだけです」ということばは、今までにないほどまでに私の心に触れました。そうです。本当に必要なのは一つだけでした。顧みればあれこれ忙しくするものは、本質から外れた、それほど重要ではない事柄です。
 結婚式においても、本当に大切なことは一つだけです。それは、男女が神の前に夫婦であると宣言され、この神のことばによって結び合わされ、二人は一体となることです。大切なことは一つだけです。それを見失わないでいきましょう。 (イスラエル北野)

み声新聞2017年9月3日号(第952号)より転載—