2015年12月7日月曜日

まっすぐにせよ
 
年末に向けて、私の家の近くの通りでは道路を直す工事をしています。アスファルトを剥がしむき出しになった砂利道を、ゆっくりゆっくり進むのですが、デコボコ上下に揺れて、思うように前に進めません。せっかくの車も道が悪いと本領を発揮することができないのです。
 その時思い返したのは、ルカの福音書3章の聖書のことばです。そこには「荒野で叫ぶ者の声がする。「主の道を用意し、主の通られる道をまっすぐにせよ」」と書かれています。
 荒野で叫ぶ者の声というのは、バプテスマのヨハネのことです。ヨハネは、イエス・キリストの初臨をお迎えする道を備えました。彼は人々に、罪が赦されるための悔い改めに基づくバプテスマを授け、こうしてイエスさまの来られる道を備えました。
 それから約二千年がたち、教会に「主の道を用意し、主の通られる道をまっすぐにせよ」とことばが下りました。前回は初臨ですが、今回はイエスさまの再臨をお迎えする道備えがなされようとしているのです。恐らくそれは、私たちが生きている時代か、そう遠くない未来です。イエスさまは再び来られます。主の通られる道をまっすぐにせよ、ということばは、どのようにして実現するのでしょうか。
 箴言3章に「心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる」(5、6節)とあります。 「主により頼む」つまり、主に言われたことを行うこと、です。
 どのような状況にあったとしても、そこに主を認め、主により頼むなら、その時、神ご自身が私たちの道をまっすぐにしてくださるのです。 (イスラエル北野)

み声新聞2015年12月6日号(第861号)より転載—

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